ouro_home17世紀末に起きたゴールド ・ラッシュによってできたオウロ・プレットは山に囲まれた静かな町で、一時はミナス・ジェラエス州の州都だったこともある。未だに町の中心地の道路は石畳でバロック様式の教会や、古い家並が残る趣のある古都である。当時この地方の芸術は大きく発展し彫刻家・建築家のアレイジャジーニ、画家のメストレ・アシャイデ、作曲家のロボ・デ・メスキータ一家、詩人のトマス・ゴンザガなどを輩出した。その時代の影響か、今では学園都市としても有名な町である。1980年にはブラジル初の世界文化遺産に登録された。

 

山間部にあるこの町の、猫の目のようにくるくると変わる天気は、町並にさまざまな陰影を与え、訪れるたびに異なる表情を見せてくれる。石畳の残る古い町並みと、夕方になると窓から顔を出してぼんやりと暮れる町を眺める人々を見ていると、まるで時が止まってしまったよう な 錯覚を覚える。郷愁を感じる町である。

 マトリス・デ・ノッサ・セニョーラ・ド・ピラール教会 Igreja Matriz de N. Sra do Pilar
pilar オウロ・プレットには9つのチャペルと13の教会があるが、この教会は39年の年月をかけ1731年に造られた町で最初の教会である。この当時は、最も金が採掘され、バロック建築の盛んだった頃で、装飾には432kgの金が使われている。天井絵は、旧約聖書と新約聖書が入り混じったもので大変興味深い。シャンデリアはチェコのボヘミア地方のクリスタルで作ったもので1860年代にもってこられた。地下には当時祭壇においてあったロウソク立て、金の糸で織られた12kgもある神父の服、祭事に使われていたものなどが展示されている 今でも結婚式が行われる。撮影禁止。
ノッサ・セニョーラ・ダ・コンセイソン・デ・アントニオ・ジアス教会 Igreja N. Sra da C. de Antônio Dias
dias この教会はオウロ・プレットの歴史のなかで最も重要な建物の一つである。 建設はアレイジャジーニョの父、Manuel Francisco Lisboa氏がプロジェクトを任せられ、ミナス風バロック様式で造られた。1727年~1746年に完成した。全体的には、この地域で伝統的なポルトガル王ジョアンⅢ世時代のバロック様式の教会に似ている。この教会にはアレージャジニョと父、Manuel Francisco de Lisboaが眠っている。
ノッサ・セニョーラ・ド・ロザリオ教会 Igreja Nossa Senhora do Rosário
rosario この教会は昔のチャペルの代わりに造られた。1709年にチャペルが造られ1731年~1733年までサクラメント・ダ・パロキア(教区住民の秘蹟)がおいてあったが、ロザーリオ教会が出来あがり、そこに移り変わった。丸っぽいデザインはミナス・ジェライスのバロック様式の最高峰といわれている。
サン・フランシスコ・デ・アシス教会 Igreja São Francisco de Assis
assis 1766年に作られた、オウロ・プレットの教会の中で一番有名。アレイジャジーニョ設計で、ミナス・バロッコ建設の代表的作品である。
ペドラ・シャボン Pedra Sabão
sabao オーロ・プレット近辺で産出され、柔らかく細工が簡単なことから動物、人形、つぼ等々さまざまなモノに加工されて売られている。サン・フランシスコ・デ・アシス教会前の広場にはペドラ・シャボンで作られた製品ばかりが売られているテントが集まっている。値段も安いが非常に割れやすいので要注意。この広場では粘ると安くなる可能性が大。

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