mangue_homeマンゲ・セッコという奇妙な名前から、期待も何もしていなかった。到着するなり星降る夜空に感激し、海風、椰子の木、そして人気のない海岸にくつろぎを覚えた。まだまだ観光開発がされないマンゲ・セッコの自然は、都会の人間でさえもやさしくつつ積み込んでくれた。もう一度、この夕焼けを見に大事な人と来たいな、マンゲ・セッコはそんなサウダーデ(懐かしさ)を感じる場所である。文書:EDUARDO M.

 

冷房の効いたサルバドールの空港をでたとたん、ムンとした熱気に包まれた。サルバドールは、リオ、レシフェに続く、ブラジル国内の3大カーニバルのひとつで、今その真っ最中の町は燃えに燃えているのだ。慌しく空港に国内外から到着する人々からは、さあ、これからカーニバル、というエネルギッシュな熱い期待感が感じられた。

僕ら一行は、マンゲ・セッコという小さな漁師村のポーザーダでカーニバルの期間中を過ごすことになっている。一緒に旅する人々は夫婦2組、日系のご老人5人、添乗員の11人。マンゲセッコはバイア州の小さな半島にあり、陸からは道が悪く、ほとんど陸の孤島のような所らしい。迎えのミニバスに乗り込皆むと、バスはどんどん北上しやっと3時間後、小さな漁村についた。これから、さらに舟に乗り換えるようだ。到着した場所はぼんやりと街灯が照らしている位でかなり暗い。そんな中を防波堤らしき所を20メートルほど歩き細長い小さな舟に乗り込む。ちゃんとした船着場もなければ、足場を照らす電灯もない。月の光を頼りに船頭の手を借り舟に乗り込む。バスの中ではお喋りしていた人々もむっつり黙っている。いったい、どこへつれていかれるのだろうか。旅なれている僕でさえちょっと心配になってきた。それほど、何も設備のない観光とは程遠い所だった。

豆電球が1個ほそぼそと照らす舟の中で、みんな心配そうな顔をしている。積み込まれた10数個の色とりどりの荷物が、いかにも外からの異物という感じがして、この舟に不似合である。30分後やっとマンゲセッコに着いた。月の光に波がチャプチャプ揺れている。「船着場はないので、足が濡れるから裸足になって下りてくれ」という。まったくえらいところに着たもんだ。「こういうアドベンチャー的な所は好きですね!!」うれしそうに僕の前で誰かが言った。降り立ったところは砂浜のようだった。ほとんど真っ暗である。「まあ綺麗!! 空を見て」言われるままに空を見ると、 星が落ちて来そうな夜空が広がていた。まるでプラネタリウムである。凄い! これほどまでの夜空を見たのは何年ぶりだろう。こんな夜空見ただけでも来た甲斐があった、そう思えるほど素晴らしい夜空であった。

ピチャピチャ真っ暗な波打ち際を裸足で歩くこと5分、やっとポーザーダについた。レセプション兼食堂になっている所で宿泊届けを書いたあとテーブルに座る。床はなんと砂である。海から絶え間なく吹いてくる風は心地よく、旅の疲れを癒してくれる。と、心地よい気分もつかの間、痒いので足を見ると、蚊がブンブン飛んでいた。そうそうに部屋の中に入るがシャレー形式の部屋の中にも10数匹蚊が待ち受けていた。備え付けの駆除スプレーで退治する。みるとベッドの上に蚊帳が吊られている。これに入って寝ろ、ということか。幼いころ、巨大な蚊帳の中に家族皆で入って寝るのが楽しくてならなかった、そんな記憶がかすかに蘇ってきた。45年前の日本も随分蚊が多かったのだろう。スプレーと蚊帳のおかげで、蚊に苦しめられることもなくぐっすりと眠ることができた。

夜明けの海岸 Costa da madrugada
costa 日の出は4時半、とポーザーダの人に聞いていた。ちょうど小便に起きたのが4時20分だったので、ポーザーダから歩いて10分ほどにあるという海に行くことにした。しかし、外は真っ暗である。あまりにも暗いので、少し夜が明けるのを待つことにする。絶えず吹き続ける心地よい海風、そして椰子の葉のこすれあう音。もうそれ以外何の音もない。気持ちがいい! しかし、蚊が多い。この時間でも蚊はしっかり起きていたのだ。

うっすらと夜空が明るくなり始めた。なんとか歩いていけそうである。それらしき道を進んでいくと、犬のほえ声がする。2,30m先に人家があり、数匹の犬が放されているようだ。このまま進むべきか、引き返すべきかかなり悩んだが、田舎の犬は噛み付いてくることがあるから気をつけろ、と言われていたことを思い出した。狂犬病でもうつされたら大変なことである。結局引き返すことにした。

ちょうど、海方面に向かっている青年に出くわした。「あの犬は危なくない?」「いや、大丈夫だよ」その言葉に安心し、海に行くことにもう一度挑戦してみる気になった。ずんずん歩いていくと、椰子の木に囲まれたボロボロの小屋があった。その周辺に小型犬が4,5匹たむろしてる。こいつらだったのだ。どんどん近づいていくと彼らも向かってきたが、襲ってくる様子はない。最初は暗かったので彼らも驚いて吠え立てのであろう。

海岸に着いた時はちょうど太陽が海面から姿をみせる所だった。あいにく雲が多くよく見えない。漁師らしき青年2人が海に舟をだそうとしていた。波はかなり強く、波を越える度に舟首は大きく跳ね上がり、いまにもおひっくり返りそうである。二人は、そんなことを気にする様子もなく、次々と押し寄せる波を越え沖へ沖へと向かっていった。そんな漁師の荒々しい出漁をみ終えて、ふと見ると、小さな鳥が10数羽波打ち際をトトトト、とリズミカルに歩いていた。もしや、これは、日本で言うとハマチ ドリかもしれない。家に帰って検索してみると全然違う鳥であった。

そろそろ帰ろうかと後ろを見ると、一緒に来たセニョーラが来たところであった。「ちょっと泳いでくるわ」と言って、服をさっと脱いで水着になると海に入っていった。たぶん60は、越えているはずである。元気のいいおばさんだとは思っていたが、早朝から海に入るなんて凄い! 彼女は手を広げ体全身に海と太陽のエネルギーを浴びながらどんどん沖に歩いていってしまった。写真を撮るのに夢中になって、彼女のことはすっかり忘れてしまっていた。見ると姿が見えない。いったいどこにいったのだろう? 救出に行った方がいいだろうか? そんなことを考えていると、随分遠いところで彼女の姿が見えた。彼女は海岸を歩き続け、消えてしまった。

カフェ・ダ・マニャン(朝ごはん)は、豪華とはいえないが、舟で届けられたパンも、カルネセッカ(干し肉)も、果物もおいしかった。特に牛乳はねっとりと濃く、青草のにおいがほんのりとする、これぞ絞りたての乳というモノだった。このポーザーダで一番気に入ったのが、敷地内にある椰子の実を冷やしたジュース。その甘さはサンパウロやリオで飲むものとは比べ物にならなかった。

costa2
costa3
ジュゴン Dugongo
Dugongo 前のレアル川にジュゴンがいるというので急いで行ってみると、3mちかい大きなジュゴンがいた。このジュゴンは人に育てられたそうでよくなれていた。ジュゴンはポルトガル語でペイシェ・ボイ。直訳すると牛魚である。東北伯の海岸沿いや、アマゾンに生息しているが、大きくて、その肉がおいしいことから捕獲されほとんど絶滅の危機に瀕していたらしい。最近はいろんな保護プロジェクトが立ち上げられ、手厚く保護されている。このジュゴンは空き缶を哺乳器と勘違いしているようで、空き缶を見ると顔を出して乳をくれとせがむ。それを知っている子供たちは、ジュゴンがよってくると、空き缶をかざして、ジュゴンと遊ぶ。ジュゴンが棲めるほど、この辺の自然は恵まれているのだ。
ボート・ツアー Passeio de Barco
barco2 ポーザーダにある舟をチャーターして付近を散策してみることになった。これから満潮になるらしく波がかなり強い。まず、イーリャー・デ・ソグラ(姑の島)に向かう。島というよりは中州で、姑を島に置き去りにしたことから、この名前がついたらしい。本当なら、島に上陸するらしいが、あまりにも波が強すぎ、島に近寄ることができなかった。マングローブに沿岸をびっしり覆われたレアル川を遡り、イーリャ・デ・スセゴにつく。水面に作られた東屋で、チャプチャプ温泉に入っているような感じで下半身を水につけたまま、ビールを飲んでいる。どうやら、東北伯の人はまるで温泉のように身体を水につけて、暑さを涼むようである。日本人の僕からみたら、なんとも奇妙な感じであるが、ポーザーダの前でも同様な人をたくさん見かけたのでこの涼み方は一般的なのであろう。

この島では、キオスクがあり、魚料理や泥かにを食べることができた。マングローブの葉を食べて育った泥蟹は、ちょうど日本の沢蟹のような感じで、身体は大人の握りこぶしの3分の2ほどである。小さく食べずらいが、その身はあの食通の開高健も食べだすとやめられないと言ったほどである。小槌などで叩いて食べる。無精者の僕などは2匹も食べると、面倒くさくなって嫌になってしまった。濃くのある身を持つこの蟹に病みつきになる人は多いらしい。

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バギーツアー Passeio de Buggy
buggy2 マンゲセッカ付近の陸地のほとんどは砂丘で、ここの乗り物はバギーがメインである。ナタールなどの砂丘に比べると、美しいとはいえないが、大きな砂丘がある。どこまでも続く人気のない砂丘と海岸、そして椰子の木、止むことを知らない海風と青空・・・・、そんな自然の中をバギーですっとばすと爽快である! 町の生活で溜まったストレスも気づくとすべて吹き飛び、気持ちが軽くなっていた。

コッケイロ村という椰子の木だらけの村で休憩。村の中のあまりの椰子の木の多さに、椰子の実が落ちて怪我をする人はいないのか、とバールで水を買うついでに聞いたが、今まで怪我をしたという話は聞いたことがないという。2,30mの高さから落ちる椰子の実にあたったら、きっとしんでしまうだろう。ここの人は勘が働いて知らないうちによけているのかもしれない。

純朴な人々 Pessoas simples e honestas
simples2 マンゲセッコの村は人口300人の小さな漁村である。最近は、自然を愛するパウリスタ(サンパウロっ子)やフランス人、ドイツ人が経営するポーザーダやレストランが増え始めているらしい。それにつれ、観光客も日増しに増えているとのことであった。

一緒に行った人の中にどうしても釣りがしたいという人がいて、地元の人に餌と竿を貸してくれるように前金を渡して頼んでいたらしい。結局、その日は夕方になってもその地元民は現れなかった。「どうせ、お金だけとって、来やしないよ」と話しているところに、その男がひょっこり現れた。いろいろ探したけどエサが手に入らなかったと言ってお金を返してきた。「ほれみろ、この辺の人は純朴だからそんなことはしないよっていただろ」と頼んだ人は鼻高々だった。もしこれが、町であったらお金を持ったまま逃げているだろう。改めて、地元の人々の純朴さに感心した。

そして帰り O Retorno
retorno やはり5日もいるとやることなくなり、退屈になる。都会に住んでいる人間の悲しい性である。本でも持ってくればよかったと何度後悔したことか。そうしているうちに帰りの日がやってきた。いざ帰るとなるとなんとも名残おしい。

ポーザーダのオーナー親子が舟が出るまで見送って手を振ってくれた。父親に肩車してもらい手を振ってくれた男の子の笑顔が島の思い出とともにずっと目に焼きついて残った。

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